原爆ドームと資料館を40年ぶりに見学|めいぷるーぷで広島観光が楽々に!

原爆ドーム 資料館

なんと、40年ぶりに広島へ旅行に行ってきました。
主人と結婚前に、初めての日帰り旅行をしたのが広島でした。

昔の新幹線に乗り、原爆ドームと記念館(広島平和記念資料館)を見学したんです。
当時は原爆ドームの中に入れました。
がれきを踏みながら、下から丸いドームの鉄骨を眺めた記憶があります。

今は原爆ドームのまわりは芝生で整備されていて、柵の中に入れません。
きれいな街並みときれいな広島平和記念資料館を見学して、ピンクの新幹線に乗って帰りました。

原爆ドーム 資料館

原爆ドーム 資料館

なんと、キティちゃんの新幹線です。
時代は流れましたね。

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原爆ドームと資料館を40年ぶりに見学

原爆ドーム 資料館

今回の広島旅行は宮島と原爆ドームが中心でした。

厳島神社の大鳥居を見て、鹿とたわむれ、最後に原爆ドームと記念館(広島平和記念資料館)に立ちよりました。

主人が体調を崩して、一回旅行をキャンセルしなければならないというアクシデント付き。
1ヶ月後にやっと広島に来ることができました。

無理をしないように、体調を気遣いながらの旅でしたが、楽しく過ごすことができました。

原爆ドームは外国人だらけ

原爆ドーム 資料館

原爆ドームの見学は平日だったので、修学旅行や遠足の子供たちが大勢いました。

そして、外人さんがいっぱいいました。

前日の宮島と厳島神社も外人さんが多くてびっくりしましたが、原爆ドームは外人さんだらけでしたね。

原爆ドーム 資料館

世界で唯一の被爆国の原爆資料館ですからね。
外国人観光客が広島を訪れてくれるのはとても素晴らしいことだと思いましたよ。

見学中に感じたのは、北朝鮮の金正恩は人として最低で、間違った人生を送っているということ。
側近を粛正しまくり、世界を相手に核兵器で脅しをかけている。
自国民のために、平和の道を歩むことはできないんでしょうかねぇ…

外国人観光客の方には、原爆ドームを見るために、わざわざ遠い外国から来てくれてありがとう、という気持ちですね。

原爆ドームへのアクセス

原爆ドーム 資料館

今回の広島旅行で一番いいなと思ったのは「めいぷるーぷ」です。

めいぷるーぷは中国ジェイアールバスが運行している、巡回バスです。
本数多いし、400円で乗り放題!

観光客にやさしい街という印象が残りました。

原爆ドーム 資料館

広島駅から、主要な観光地を回ってくれるので、本当に便利です。

迷わずに原爆ドームへ行けました。

原爆ドーム 資料館

めいぷるーぷの乗り方

めいぷるーぷは広島駅新幹線口から出発して、市内を一周してまた広島駅新幹線口に帰ってきます。

1日乗車券は400円で乗り放題です。(子供は半額)

バスに乗ってからでも買えますし、広島駅の案内所でも売ってました。

原爆ドーム 資料館

ICカードでも乗れますが、毎回200円払うのはもったいないので、1日乗車券はおすすめですよ。
前から乗って、運転手さんに提示するだけ。
降りるときは後ろの降り口からそのまま降ります。

観光目的によって、3つのルートがありますので、観光プランに合わせて選びましょう。

  • オレンジルート(平和公園・美術館経由)
  • グリーンルート(平和公園・新天地経由)
  • レモンルート(平和公園)

原爆ドーム 資料館

私は行き当たりばったりで、その時に来たバスに乗りましたが、そんなに時間もかからずに目的地の原爆ドームまで行けました。

たぶん、一番遠回りをしたかもしれません。
でも、全然平気ですよ。すぐに着きますから。

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原爆ドーム資料館の営業時間と所要時間

原爆ドーム 資料館

原爆ドームを見た後、そのまま川沿いに歩いて広島平和記念資料館へ行きました。

広大な敷地の平和記念公園の中にあります。

原爆ドーム 資料館

ものすごく整備されていて、美しい公園でした。
平和の灯が燃えていて、そのまま奥に行くと広島平和都市記念碑がありました。

よく、テレビで見ますよね。

原爆ドーム 資料館

原爆ドーム 資料館

犠牲者のために自然と手を合わせますし、二度と過ちを犯してはならないと思います。

広島平和記念資料館を見学

原爆ドーム 資料館

営業時間:8:30~17:00(変動あり)
料金:大人200円、高校生100円、中学生以下無料
アクセス:広電「中電前」もしくは「原爆ドーム前」(平和記念公園の中)

大昔に見たときは、蝋人形が展示してありました。
やけどを負い、皮膚が垂れ下がった人々が幽霊のように歩く姿です。

現在の資料館にはありませんでした。
代わりに、現代風にITを駆使した展示物があります。

たくさんの写真や遺品などが展示してありますが、私は写真を一枚も撮っていません。
あれらを自分のカメラに収めるのはムリですね。
写真を撮っておられる方もいらっしゃいましたが、私はムリです。

蝋人形の記憶は40年以上も前のものですが、さっき見たくらいに記憶に残っています。
たぶん、これからも忘れられないと思われる写真が展示してありました。

顔を被ばくした方の写真ですが、目も口も鼻もわからないくらいになっているのに、意識ははっきりしていて、亡くなられる前には話もされていたようです。

おかあさんから疎開先の娘さんへ書かれた手紙も印象的でした。
「かわいい咲子ちゃんへ」で結ばれている手紙です。
咲子ちゃんは亡くなりました。

外国人の方たちが原爆ドームの記念館で展示物を見たことで、戦争はいけないとか、核兵器はなくさなければいけないとか、考えてくれたらいいなと思います。

原爆ドームはもともと何だったの?

原爆ドーム 資料館

原爆ドームはもともと、どのような建物だったのでしょうか?
竣工は大正4年とあり、田舎育ちの私としては、そんな昔に5階建てのビルが建っていたなんて、とても驚きです。

広島県産業奨励館とは?

原爆ドームのもとの建物は、チェコ人のヤン・レツルの設計により、大正4年(1915年)4月、広島県物産陳列館として竣工されました。

全体は窓の多い3階建てで、正面中央部分は5階建ての階段室、その上に銅板の楕円形ドーム(長軸約11メートル、短軸約8メートル、高さ4メートル)が載せられていました。

一部鉄骨を使用した煉瓦造の建築で、石材とモルタルで外装が施されていました。
大胆なヨーロッパ風の建築デザインによる物産陳列館のような建物は非常に珍しく、川面に映える姿の美しさとあいまって、広島名所の一つに数えられました。

広島県物産陳列館は、産業奨励だけでなく、会場を提供することで博物館・美術館の役割も果たしていました。

館の名称は、大正10年(1921年)に広島県立商品陳列所、さらに昭和8年(1933年)からは広島県産業奨励館と改称されています。

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これから広島旅行に行かれる方へ

広島は外国の人がたくさん訪れる観光地です。
原爆ドームを見にこられるんでしょうね。

これから広島旅行に行かれる予定なら、原爆ドームをぜひ見学してくださいね。

広島には宮島や厳島神社だけでなく、広島城があり、美術館もたくさんありました。
めいぷるーぷで市内を回ると、効率よく観光できますよ。

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